教祖が、登喜郎の立っている直ぐ傍をお通りになった時、佐治は言い知れぬ感動に打たれて、丁重に頭を下げて御辞儀をしたところ、教祖は、静かに会釈を返され、
「御苦労さん。」
と、お声をかけて下された。
 佐治は、教祖を拝した瞬間、得も言われぬ崇高な念に打たれ、お声を聞いた一瞬、神々しい中にも慕わしく懐かしく、ついて行きたいような気がした。
 後年、佐治が、いつも人々に語っていた話に、「私は、その時、このお道を通る心を定めた。事情の悩みも身上の患いもないのに、入信したのは、全くその時の深い感銘からである。」と。

稿本天理教教祖伝逸話篇  一四六・ご苦労さん


 教祖百二十年祭三年千日の日も、残すところはや八ヶ月余りとなりました。この時旬に少しでも親神様に、教祖にお喜び頂ける事を常に念頭おいて行動させて頂いているつもりでも、親神様、教祖のお目に適わねば、時として大きな親心でお仕込み下さるのだと痛感すると共に、お掛け下さる親々の親心に対する感謝の念は絶えません。先月八日の夜から二日ほど背中が痛く寝ることも出来ず、病院に行ったところ出血性胃潰瘍との診断により一週間入院致しました。「この大切な時期に何でだろうか。」とさまざま思案をさせて頂きました。『人をたすける涵養と実践』とお聞かせ頂きながら、病室でも食事を食べれず、前会長が持ってきた本をただただ食事代わりに腹に治めさせて頂きました。人にはお話しながらも、自分自身の心の反省、心の掃除を怠りただただお詫びするより他ありませんでした。中でも十日より入院したこともあり、十二日の月次祭を勤めれなかったことは、誠に申し訳ない極みであります。その中、お忙しい中を大教会長様がおさづけの取次ぎにお越し下さいました。私は大教会長様のお顔が見えた瞬間に、安堵感と申し訳なさで涙が頬をつたいました。「大丈夫か。」とおかけ下さる声に、ただただ申しわけなさで一杯であり、本当に親のひと言はありがたいと感じました。このお道は、本当に親のお徳にふれさせて頂き、親の声を頼りに通っていれば、何も案ずることは無いのだと思います。生来持って生れた癖性分は、早々には取り除くことが出来ないのかも知れません。しかしながら、お見せ頂く身上、事情を土台として、心の成人に励まして頂かなくてはならないと思う今日の日です。
 身上を頂きましたが、まだ八ヶ月も年祭期間はあります。また、来年一年間は大教会より『二万人おぢばがえり』とのご発表を頂戴し、させて頂けることはまだまだあります。今後もをや親のお声に少しでもお応えできるよう、努めさせて頂きたいものです。
 本当に親のお声はありがたい。

 


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